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モーニング娘。

モーニング娘。は日本の女性アイドルグループです。

ほとんどの楽曲の作詞・作曲及びプロデュースをつんく♂が手掛けている。略称はモー娘。(モーむす)。大手芸能事務所アップフロントエージェンシー所属。

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メンバー
2006年9月時点のメンバー
吉澤ひとみ(リーダー・4期)
高橋愛(5期)
新垣里沙(5期)
藤本美貴(サブリーダー・6期)
亀井絵里(6期)
道重さゆみ(6期)
田中れいな(6期)
久住小春(7期)

卒業及び脱退メンバー
このグループでは、記者会見や、つんく♂(事務所)の決定による公式発表で最終公演日程などを前々からファンに知らせて公式に脱退することを「卒業」という。マイナスイメージをプラスに昇華させる意味がある。これは、かつておニャン子クラブがメンバーの脱退を「卒業」と表現していたことを踏襲したものである。ただ例外として、2005年4月の矢口真里は、俳優小栗旬との交際が報道された際に“引責脱退”を「理由」としていて、公式にも「脱退」という表現がなされている。

なお、脱退に「卒業」という語を使用するようになったのは、正確には2000年5月の市井の脱退時からである。

中澤以降のメンバーは、モーニング娘。から籍を抜いているだけで、そのままハロー!プロジェクトに在籍して芸能活動を継続しているが、紺野ならびに小川については(一時的か恒久的か、は別として)学業専念のための離脱である。

後藤までは卒業(脱退)の1~2ヶ月程度前に発表されていたが、後藤と同時に卒業が発表された保田以降は緊急脱退となった矢口を除いて卒業の半年から1年前に発表されるようになった。2006年4月28日に発表された紺野と小川は3~4ヶ月前と、それまでの慣例よりはやや短くなっている。

「卒業」の発表とその後のコンサートに於ける「卒業式」は、「ASAYAN」その他TV番組に於いて大々的に取り上げられ、その「サプライズ人事」的な要素とも相まって、モーニング娘。人気の浮揚、注目度のアップ、ひいてはメンバーの結束を強固にして来たが、「卒業」が年中行事化する中、完全な引退ではなく籍はハロー!プロジェクトに残っているため、中澤以降はハロー!プロジェクト内での「定期人事異動」的色彩が濃くなった。しかし、紺野・小川の「卒業」は久しぶりに人事異動的な意味合いの少ない物となっている。

福田明日香(1999年1月17日発表、4月18日脱退・1期)
石黒彩(1999年12月5日発表、2000年1月7日脱退・1期)
市井紗耶香(2000年5月7日発表、21日脱退・2期)
中澤裕子(2001年3月7日発表、4月15日卒業・1期)
後藤真希(2002年7月31日発表、9月23日卒業・3期)
保田圭(2002年7月31日発表、2003年5月5日卒業・2期)
安倍なつみ(2003年7月27日発表、2004年1月25日卒業・1期)
辻希美(2004年1月3日発表、8月1日卒業・4期)
加護亜依(2004年1月3日発表、8月1日卒業・4期)
飯田圭織(2004年5月23日発表、2005年1月30日卒業・1期)
矢口真里 (2005年4月14日発表、即日脱退・2期)
石川梨華(2004年5月23日発表、2005年5月7日卒業・4期)
紺野あさ美(2006年4月28日発表、7月23日卒業・5期)
小川麻琴(2006年4月28日発表、8月27日卒業・5期)

歴代リーダー
初代 中澤裕子 結成-2001年4月15日
2代目 飯田圭織 2001年4月16日-2005年1月30日
3代目 矢口真里 2005年1月31日-4月14日
4代目 吉澤ひとみ 2005年4月15日-

歴代サブリーダー
初代 保田圭 2001年4月16日-2003年5月5日
2代目 矢口真里 2003年5月6日-2005年1月30日
3代目 吉澤ひとみ 2005年1月31日-4月14日
4代目 藤本美貴 2005年4月15日-
保田圭就任以前(中澤裕子リーダー時代)はサブリーダーという役職は存在しなかったと思われる。石黒彩在籍時は、石黒が年齢が上から2番目、鼻ピアスをしているというヤンキーキャラでメンバーから恐がられて、中澤に次ぐNo.2と見なされる事はあったが、サブリーダーに就任したという発表はなかった。
保田圭及び吉澤ひとみについては就任前にサブリーダーに就任する旨の発表があったが、矢口真里及び藤本美貴については就任時点で発表された訳ではなく、テレビ番組(矢口:ハロー!モーニング。2003年8月3日放送分、藤本:音楽戦士 MUSIC FIGHTER2005年7月15日放送分)でのトーク中に「現在サブリーダーである」と語られただけであるため、サブリーダーに就任した日時が正しくない可能性がある。

モーニング娘。というグループ名について
『モーニングセットの様にお得感があり楽しめるユニット』 という事で命名された。なお、その他の候補としては、「87」(全員の歳を足して)、「都道府」(メンバーの出身地が東京・京都・北海道であるため)、「たこ焼きシスターズ」、「モーニングサービス」、「モーニング・ファイブ」などであった。なお、「モーニング(セット)」は「バイキング」から連想した物であり「バイキング娘。」になっていた可能性も高い。しかし最終的には「モーニング娘」が採用された(なお、バイキング娘。は後にタレントの森公美子が仲間と共に結成したグループ名となった)。

「モーニング娘。」の「。」について
当初のつんく♂の命名では「。」が付いていなかった。しかし「ASAYAN」のユニット名発表の際(1997年9月14日放送)にステージ上の画面で「ユニット名はモーニング娘。」と表示され、司会のナインティナイン岡村隆史が「僕質問なんですけど、モーニング娘のあと『。』付いてますやん。(中略)あれは『。』は付いてるんですか?」と問いかけたところ、相方の矢部浩之が「ちょっと待ってもらえます。(舞台袖を見ながら)あれ僕の意見でいいすか今、あっそうですか。(正面に向き直り)あの『。』は…要ります!」と言ったため「。」付が正式な表記になった。その後の感想で、漢字のグループ名を希望していた当時のメンバー福田明日香が「漢字も『まる』もついて、お得だな~」と発言した。(福田以外は感想は無く微妙な笑い)
TBS系の音楽番組「うたばん」で「。」について聞かれたとき、メンバーのほとんどは不要と答えた。しかし、フジテレビ系のバラエティ番組「ハッピーバースデー!」(1999年6月13日放送)で、安斎勝洋による姓名判断で「『。』が付いたことで画数が23画となり、理想的なグループ名となった。」と言われた後、肯定的な発言をしている。「。」のない22画ではグループが分裂するといわれているため、のちに別の番組でリーダー(当時)の中澤裕子が「『。』は大事。」と語っている。
シンボルマークもダブルエム(二重にした小文字の「m」、山が一つ多い)に『。』が付いた形である。
商標登録されている英語の正式名称も「Morning Musume。」と「。」が付いている。
モーニング娘。やハロー!プロジェクトに関連するグループ名、ユニット名、番組名などにも「。」が付いているものが数多くある(「カントリー娘。」「ココナッツ娘。」「ミニモニ。」「エコモニ。」「ハロー!モーニング。」「モー。たいへんでした」「エアモニ。」「モーニング刑事。」「江戸っ娘。忠臣蔵」など)。

「モー娘。」という略表現について
メンバー自身(特に初期のメンバー)は自分達のグループを「モーニング」または「むすめ」と呼ぶことが多い。また、メンバーに関わらず自らを「もーむす」と呼ぶことは台本などで強制されない限り、まずない。ファンも同調し、「もーむす」とは基本的に呼ばない。
「モー娘。」という表記自体は最初はファンやマスコミが使い始めた呼び方であるものの、所属事務所によって商標登録されており、映画「ピンチランナー」のキャッチコピーで「モー娘。、走る」として使われるなど、現在では事務所側も認めたものとなっている。
「モー娘。」という表記が一般的に使われるようになった以後にファンになった者はあまり抵抗なく「モー娘。」という表記を使うこともある。

歴史
誕生

1997年、テレビ東京のオーディション番組『ASAYAN』(2002年3月24日終了)内の「シャ乱Qロックヴォーカリストオーディション」(優勝は平家みちよ)の最終選考で落選した中から安倍なつみ・飯田圭織・中澤裕子・福田明日香・石黒彩の5人が選抜され、結成された(という事になっている。後につんくがオーディション時に合宿をする理由として、「グループ活動に必要な協調性があるかどうかを見るため」と語っている事などと合わせ考えると、ソロヴォーカリストを選ぶのに合宿をするのは不自然であるといった理由などから、最初から女性ヴォーカルグループを作るためにオーディションを開いたのではないかとする説もある。)。
楽曲の権利関係については、「愛の種」および「モーニングコーヒー」については「アップフロント音楽出版」と共に「テレビ東京ミュージック」が共同権利者となっており、プロモーション関係などの様々な経費をおそらくは番組制作費の一環としてテレビ東京側が負担する事と引き替えにモーニング娘。に関する権利の半分を譲渡したものであると見られる。これに対して、セカンドシングルの「サマーナイトタウン」以後の曲についてはアップフロント音楽出版のみが権利者となっている。
アップフロントグループの山崎直樹会長は、後に「モーニング娘。は本当は10人でスタートさせたかった。しかし5人でも1ヶ月で500万円の経費がかかるので成功するかどうか分からない状況で10人でスタートするのは到底無理だった。人数を増やしてもやっていけそうな目処が立った時点でメンバーを増やすことにした。」と語っている。またこのとき、「モーニング娘。の音楽的なことはつんくが決めているが、メンバーを増やすかどうかといったことはすべて私が決めていた。」と、当時のASAYANの演出や関係者の発言を全否定する発言も同時に行っており、一部で物議をかもした。
最初の追加メンバー募集の発表のとき、内容を知らされずに「重大発表がある」とだけ聞かされた初代リーダーの中澤裕子は、その重大発表の内容は「モーニング娘。の解散」だと思ったと後に語っており、当時の現場にはその様な雰囲気があった事を伺わせる。
ブレイクすると共に急激に状況は改善されていったものの、デビュー曲の時点では、歌の衣装は1着しか用意されておらず、衣装の洗濯なども自分でやっていたし、穴が開いたら自分で繕っていた。また歌の衣装以外はすべて自前の私服であり、家族や友人から借りた服でテレビに出る事もしばしばあった。またASAYANなどが密着取材をする時以外は基本的に現地集合・現地解散であり、マネージャーもいない状況で移動時やプライベートでの写真も撮られ放題の状況であった。

グループ編成
現在、モーニング娘。は、加入と脱退(卒業)を繰り返しながら進化していくグループであると公式に表明しており、メンバーチェンジを繰り返しながらグループを存続させていく方法は、メンバーが脱退しても解散しないグループとして、プエルトリコのメヌード(過去にリッキー・マーティンらが在籍)を参考に、結成に深く関わった福田一郎が提案したと言われている。しかし、結成以後のいろいろな状況を考えると、最初から意図してメンバーの加入や脱退を行ったのではなく、ある時期まではそのときそのときの個別の理由によってメンバーの加入や脱退を行っていくうちに、この様な形態になったのではないかという説もある。その理由として、ASAYANに福田一郎が出演していなかったこと(モーニング娘。と福田一郎の共演は1999年末放送のTV番組「ガレージ」であり、その時点では既に、福田明日香脱退、後藤真希加入とメンバーチェンジが行われていた)や、当初は2期メンバー加入時に「これが最後のオーディションで以後新規加入はない」と明確に宣言していたことが挙げられる。福田明日香脱退発表後に出演した「うたばん」で、石橋貴明のメンバー補充を行うのかとの問いに、中澤裕子は「行わないのではないか」と答えていたなど、いずれにしても予想外に脱退したメンバー(福田、石黒、市井)を補充する名目でASAYANに出続けられた影響は大きい。Say a Little Prayer、dosなど同じく同番組出身のグループやアーティストがモーニング娘。以前にデビューしていたが、デビュー後に同番組から離れると次第に話題性が乏しくなり、売り上げが低下し、最終的に活動停止・解散に陥ったものがあった。これに対し、追加メンバーオーディションを行うことで『夢のオーディション・バラエティ』を標榜していた同番組への継続的な出演が可能になったことが、以後の活動に有利に働いたと言える。
メンバーチェンジを繰り返しながら存続するグループとして、宝塚歌劇団との類似性を指摘する声もある。日本の芸能界において、メンバーチェンジを繰り返しながら優れたエンターテインメントを提供し、アイドルを輩出し続ける集団として宝塚は鉄壁の地位を誇っており、同じ女性の集団という共通点もあるため。後につんくや振り付け師である夏まゆみが2003年4月放送の「エンタの神様」(日本テレビ系)の中で曲作りや振り付けで宝塚歌劇団を意識した部分があることを語っている。また、一般的な用語であるため断言はできないものの、グループに入って来る人間をその次期によって「期」と呼んで分けるやり方やグループを複数の「組」に分けて活動させるやり方も宝塚に由来するのではないかとする見方がある。しかし、これも結成時からでなく途中からではないかとも言われる。2000年の4期メンバーが追加されたときに彼女達は「第3次追加メンバー」と呼ばれており、SMAPとモーニング娘。が「国民的アイドル」の名を二分していた状況を見ると、1999年~2000年頃は宝塚より女性版ジャニーズと捉えられる事の方が多かった。また、「サマーナイトタウン」や「抱いてHold On Me!」がヒットしていた1998年~1999年頃は「うたばん」で、野猿 vs モーニング娘。対決を行っていたり、中澤のOL出身という経歴と野猿の番組スタッフ出身という、一般人から芸能人へ転身したところが似ていると石橋貴明が発言していたりと、野猿と比較されることもあった。以上のことから、宝塚を意識し始めたのは2001年にリリースした、リードボーカルを担当する3人が男装したシングル『Mr.Moonlight~愛のビッグバンド~』の頃からかと推察される。その頃から「第○次追加メンバー」ではなく「○期メンバー」と呼ばれる様になり始めた。「組」と分けるのは2003年からである。
モーニング娘。と比較対象としてもっとも持ち上がるのは80年代の大人数女性アイドルグループであるおニャン子クラブである。TV番組の企画から発生したアイドル・グループであること、おニャン子クラブからも、工藤静香、国生さゆりといったソロ・アイドルがデビューし、また、うしろゆびさされ組、うしろ髪ひかれ隊、ニャンギラスといった少人数グループをデビューさせたことの類似点が指摘される。相違点としては、おニャン子クラブが女子高生を集めて結成していたのに対し、2000年当時のモーニング娘。は20代後半であった中澤から、中学一年生であった辻・加護までと年齢層が幅広かったことや、おニャン子クラブは別事務所のメンバーが加入していたこともあったが、モーニング娘。は全員がアップフロントエージェンシーに所属していること、そして、つんくとおニャン子クラブの仕掛け人であった秋元康とで行われた対談で、秋元はおニャン子クラブは素人の延長線上だったが、モーニング娘。はプロ意識が高いと褒めていたこと、それと関連するが、1999年~2000年当時、第1期メンバーの飯田圭織と第2期メンバーの市井紗耶香などは自らを「アイドル」ではなく、「アーティスト」と名乗っていたことなどが挙げられる。2000年~2001年頃まではおニャン子クラブと頻繁に比較されていたが、第6期メンバーが加入した頃になると、第1期・第2期メンバーの相次ぐ卒業・脱退によって、比較されなくなっていった。今まで挙げてきた他のグループとは一線を画すが、ナンシー関などからは、ザ・ドリフターズと比較されることもあった。こちらも1999年から2001年くらいまでの間となるが、中澤裕子をいかりや長介、安倍なつみを加藤茶、後藤真希を志村けんに例えるものである。2001年の中澤卒業を、いかりや長介のいないドリフターズになるという指摘がファンサイト等でなされていたこと、福田明日香脱退後、勢いに陰りが見えたモーニング娘。が後藤真希加入で息を吹き返したところが、ドリフターズの荒井注脱退、志村けん加入と重なるという指摘である。歌そしてバラエティにも活躍しているという共通点が見られるが、ドリフターズはメンバーが5人であって、当時のモーニング娘。は7人~10人と人数が異なること、高木ブー、仲本工事に相当するメンバーが見あたらないことが相違点となる。その後の中澤卒業・第5期メンバー加入からはドリフターズとの比較はなされなくなっていた。

ブレイク期(1998年~1999年)
1998年1月28日、メジャーデビューを果たす。デビュー曲の『モーニングコーヒー』はオリコンシングルチャート6位に入る。直後の5月、追加メンバーとして保田圭・矢口真里・市井紗耶香が加入。2nd『サマーナイトタウン』が発売され、オリコンシングルチャート4位に。
1998年9月6日の新聞の番組表で、初めて「モー娘」という略称表記が登場する。
続く3rdシングルで『抱いてHOLD ON ME!』(1998年9月9日発売)で初のオリコンシングルチャート1位を獲得。またオリコンカラオケチャートでは8週連続1位を達成。この曲で1998年の第40回輝く!日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞。また、NHK紅白歌合戦初出場も果たす。
1999年1月、福田が学業優先を理由に脱退を表明して、4月18日のコンサートを以て脱退した。
福田脱退後しばらくは人気に陰りが見え、鈴木亜美(当時は鈴木あみ)がTM NETWORKのヒット曲をカバーした「BE TOGETHER」と同日発売としてASAYANで煽られた6thシングル「ふるさと」ではオリコンシングルチャート5位まで落ち込む。
しかし9月、第3期メンバーの後藤真希加入後に発売した『LOVEマシーン』(1999年9月9日発売)で再ブレイクし、ミリオンセラー(195万枚)となる。また、オリコンカラオケチャートでは当時の新記録である17週連続1位を達成した。18週目の1位を阻止したのがモーニング娘。のグループ内ユニットである「プッチモニ」の『ちょこっとLOVE』であった。
その「プッチモニ」の『ちょこっとLOVE』もミリオンを突破し一気にスターダムにのし上がったのがこの時期。

黄金期(2000年~2002年前半)
2000年は、さらに『恋のダンスサイト』がオリコンによると約123万枚、『ハッピーサマーウエディング』と『恋愛レボリューション21』も100万枚を越える大ヒットを記録した。
石黒が2000年1月に、市井が5月に卒業。その一方で4月には4期メンバーとして石川梨華・吉澤ひとみ・辻希美・加護亜依が加入する。
飲茶楼(JT)やDream Netを始め、CMに多く出演する様になる。
2000年5月に東映系で主演映画「ピンチランナー」が公開される。
2000年4月「ハロー!モーニング。」(テレビ東京系)と「フライデーナイトはお願い!モーニング」(日本テレビ系(テレビ岩手製作))の放送がスタート。
2000年3月サードアルバム「3rd-LOVEパラダイス-」でモーニング娘。のアルバムでは初のミリオンを達成。
2001年頃から、メンバーそれぞれの個人活動が多くなる。メンバーのソロ写真集が発売されるようになる。
1月に発売されたベストアルバム「ベストモーニング娘。1」がトリプルミリオンに迫る売り上げを記録。
この頃、ほとんど毎週のように「うたばん」(TBS系)に出演。個人の知名度が一気に向上する。
また、「めちゃ²イケてるッ!」(フジテレビ系)の中でも、『岡村女子高等学校』として各メンバーの個性にクローズアップした企画が何度か放送された。同番組では国民的アイドルグループと紹介され、これ以降マスコミ各社も国民的アイドルと形容するようになった。
また、矢口をリーダーに結成されたミニモニ。が低年齢層に受け入れられ一気にファン層を拡大した。
同グループ初のゴールデンタイムでのレギュラーTV番組「モー。たいへんでした」(日本テレビ系)も始まる(2002年3月終了)。
2001年4月、初代リーダーだった中澤が卒業。後任のリーダーに飯田が就任、飯田より年上だった保田はサブリーダーに就任。
同年夏には、人気芸能人の証と言われる24時間テレビ「愛は地球を救う」(日本テレビ系)のメインパーソナリティとなる。この年の企画やドラマ『最後の夏休み』(安倍なつみ主演)が好評で、翌年も2年連続でメインパーソナリティを務める。
2001年8月26日にテレビ東京系で放送された「LOVEオーディション21」の結果、5期メンバーとして高橋愛・紺野あさ美・小川麻琴・新垣里沙が加入し、史上最多(当時)の13人体制となる。

転換期(2002年後半~2004年)
2002年7月31日に、後藤・保田の卒業発表やタンポポ・プッチモニ・ミニモニ。のメンバー改変などを行ったが、それぞれのファンからは大反発を受けた。モーニング娘。ファンサイトおよび同卒業メンバーのファンサイト上で、このハロプロ構造改変は「7・31」「ハローマゲドン」と呼ばれていた(「この構造改変が必ずしも人気低下の原因ではない、ハロプロ自体は構造改変の後に全盛期を迎えている。」という意見もある)。
なおこの後、メンバーの卒業発表は卒業期日よりかなり前に発表されることになる。特に2003年8月の安倍の卒業決定から2005年5月の石川の卒業までの間は常に「卒業時期が既に決定しているメンバー」が在籍していた。
2003年1月、「LOVEオーディション2002」の合格者発表(最終選考に残った亀井絵里・道重さゆみ・田中れいなの3人とも加入)を前に、2002年3月からソロで活動していた藤本美貴の加入が発表される。藤本も含め、メンバーは史上最多(2006年9月現在まで)の16人となる(但し16人での活動は2003年5月開催の保田の卒業コンサートのみ)。
2003年9月に、新展開として15人のメンバーを「モーニング娘。さくら組」「モーニング娘。おとめ組」の2つに分けての活動も開始。シングルCDを2枚ずつリリースし、それぞれ全国ツアーを行った。辻および加護の卒業後は正式アナウンスがないまま、2組とも活動休止状態となる。
2004年1月に長くエース格にあった安倍が卒業。さらに8月には辻・加護が揃って卒業、そして5月には飯田・石川の卒業も発表され、人気メンバーが相次いで卒業することになる。
2004年6月には幕張メッセで第1回モーニング娘。文化祭を開催。この時期には小池百合子環境大臣を表敬訪問するなど、環境問題について真剣に取り組むイベントが増える。
2004年9月にメインで歌える『エース』となるべき7期メンバーの募集を行った(「ラッキー7オーディション」)。しかし、翌2005年1月の最終選考の結果、エースと呼べる程までの人材が居ないという理由で、前代未聞の「該当者なし」という結果に終わった。

以後の展開(2005年~)
2005年1月、2代目リーダーの飯田が卒業し、結成当時のメンバーはすべて卒業した。
2005年4月15日、3代目リーダーだった矢口が緊急脱退(理由は前述)し、吉澤が4代目リーダーに就任。
2005年2月より「モーニング娘。オーディション2005」を行い、5月に久住小春が7期メンバーとして加入した。
2005年12月31日の第56回NHK紅白歌合戦には、卒業メンバー(引退又は事務所を脱退した福田・石黒・市井を除く)を加えた19名の特別編成で出場し、スキウタ紅組1位の曲となった「LOVEマシーン」を歌った。
2006年7月には紺野が学業専念のため、8月には小川が語学留学のために卒業した。小川はハロー!プロジェクトに籍を残したまま留学へ向かうのに対し、紺野は同時にハロプロからも卒業となった。ハロプロでの活動継続を公言しない卒業は市井以来、「勉学」による芸能活動休止は福田以来である。
前の卒業者である石川との間には1年2ヶ月の開きがあり、卒業の間隔としては中澤と後藤の1年5ヶ月に次ぐ長さ。加入も計算に含めた、同一メンバー構成の維持された期間としては、5期加入から後藤卒業までの1年1ヶ月を上回り最長となる。同一メンバー構成でシングルを4枚リリースするのも、過去最多記録である(これまでの記録は2nd~4th、13th~15th、16th~18th並びに19th~21thのそれぞれ3枚)。
2006年8月より「モーニング娘。HAPPY8期オーディション」を開催。また、同月1日から27日まで「リボンの騎士ザ・ミュージカル」を開演し、舞台の宣伝を兼ねたテレビ出演が増加した。

モー娘。の現状
1999年~2002年に絶頂期を迎えたモー娘。だが、以降は人気が低下している。

2005年以降、モーニング娘。としてのテレビCM出演がなくなる。
2006年にはCDの売上も結成時手売り条件の5万枚をオリコン累計で割り込むようになっている。
人気低下の原因としては、以下の点などが考えられる。

本来グループの存亡に直結するはずであるメンバーの加入脱退さえもマンネリ化してしまったこと。
知名度や人気の高いメンバー、笑いを取れるメンバーを次々卒業させたこと(つんくは「モーニング娘。は早く卒業する事を目標とすべき枠である方が良い」という故福田一郎氏の助言を忠実に守っており、そのセオリー通りなのだが、卒業したメンバーのその後の活動実績、例えばオリコン調べでのCD売り上げ等は娘。時代の活動実績に及んでいるとは言い難い)。
派生ユニットの乱発や楽曲の傾向の変化により、固定ファン以外には個々の曲の印象が残りにくい曲ばかりになったこと。
ハロプロのユニット数増加によりつんく♂の負担が増え良い曲が生まれづらくなった事、また良い曲が他のユニットに回される事が増えたこと。
卒業メンバーおよびユニットや松浦亜弥、Berryz工房、℃-uteなど他のハロプロメンバーに人気が分散してしまったこと。
テレビ出演よりも、コンサート(興行)が優先されたこと。
前述の「加入と脱退(卒業)を繰り返しながら進化していくグループ」の「進化」の部分だが、オリコン調べでの売り上げや各賞受賞履歴を考えると、1998年のオリコン1位獲得、最優秀新人賞の受賞や、1999年の「LOVEマシーン」のミリオンセラーから2001年のベストアルバムのダブルミリオンなどデビューからの3年程の間は当てはまると思われるが、2003年リリースのシングル「AS FOR ONE DAY」以降オリコン1位を獲得できていない点を考えると、「進化」ではなく悪く言えば「退潮」、よく言えば「安定期に入った」と言え、2006年現在でもマスコミによって「国民的アイドルグループ」と形容されることもあるが、「国民的~」の呼称が形骸化しているだけという感は否めない。今なお日本国内では老若男女を問わずグループとしての知名度は圧倒的に高いが、その老若男女が知る娘。とは絶頂期の娘。の記憶であり、現在の娘。については、メンバーの名前・顔・曲・人数とも全くといっていいほど把握していないのが現実である。とはいえ娘。以降、これ程の人気を博した女性アイドルグループ、もしくは女性アイドルの出現がないこともあり、日本で女性アイドルグループといえば、今なおモーニング娘。が第一人者であることは間違いない。2002年後期以降のモーニング娘。の活動を前向きに捉えようとする見方もあることは事実である。


特徴
ここでは、モーニング娘。でしか見られない現象について記す。

メンバー構成推移
このグループの最も大きな特徴は、他の女性アイドルグループに類を見ないメンバーが代わり続けるという点である。

メンバー数が流動的で、5人(結成時)~16人(6期加入から保田卒業まで)と幅広い。また、年齢差も大きいのも特徴で、結成当時は約12歳差、4期加入時に約15歳差と最大。最小は矢口脱退から7期加入前までの約5歳差。ほとんどの期間(1999年4月~8月及び2005年4月以外)に20代と中学生のメンバーが同時にいる。2006年9月1日時点の平均年齢は17.75歳。

推移年表
(カッコ内はその時点でのメンバー数)

1997年9月14日結成:【1期】中澤裕子、石黒彩、飯田圭織、安倍なつみ、福田明日香(5人)
1998年5月3日:【2期】保田圭、矢口真里、市井紗耶香が加入(5+3=8人)
1999年4月18日:福田明日香が脱退(8-1=7人)
1999年8月22日:【3期】後藤真希が加入(7+1=8人)
2000年1月7日:石黒彩が脱退(8-1=7人)
2000年4月16日:【4期】石川梨華、吉澤ひとみ、辻希美、加護亜依が加入(7+4=11人)
2000年5月21日:市井紗耶香が脱退(11-1=10人)
2001年4月15日:中澤裕子が卒業(10-1=9人)
2001年8月26日:【5期】高橋愛、紺野あさ美、小川麻琴、新垣里沙が加入(9+4=13人)
2002年9月23日:後藤真希が卒業(3期メンバー消滅)(13-1=12人)
2003年1月19日:【6期】藤本美貴、亀井絵里、道重さゆみ、田中れいなが加入(12+4=16人)
2003年5月5日:保田圭が卒業(16-1=15人)
2004年1月25日:安倍なつみが卒業(15-1=14人)
2004年8月1日:辻希美、加護亜依が卒業(14-2=12人)
2005年1月30日:飯田圭織が卒業(結成時メンバー消滅)(12-1=11人)
2005年4月14日:矢口真里が脱退(2期メンバーならびに「LOVEマシーン」参加メンバー消滅)(11-1=10人)
2005年5月1日:【7期】久住小春が加入 (10+1=11人)
2005年5月7日:石川梨華が卒業(11-1=10人)
2006年7月23日:紺野あさ美が卒業(10-1=9人)
2006年8月27日:小川麻琴が卒業(9-1=8人)

教育係
モーニング娘。には「教育係」という名目で、先輩が後輩に指導するならわしがある。

2期メンバー
教育係の制度はなかった。しかし、ASAYANでは中澤が叱っている姿が放映された。
3期メンバー
市井→後藤
4期メンバー
保田→石川(テーマ:歌)
矢口→吉澤(テーマ:表現力) 飯田→辻(テーマ:リズム)
後藤→加護(テーマ:挨拶、礼儀)

5期メンバー
教育係の制度はない
なお、2001年11月2日に放送されたミュージックステーションでの5期メンバー初登場時に吉澤→高橋、石川→小川、安倍→紺野、矢口→新垣という組み合わせで新メンバーの紹介を行ったため、この組み合わせが教育係だと言われた事もあったが、後にメンバーの発言によって明確に否定された。
6期メンバー
教育係という制度としてではないが、6期メンバーの教育は主に保田が担当した。
7期メンバー
道重→久住

メインパート争奪
初期の楽曲がメイン(主旋律)とハモリ(ハーモニー)で構成されていたことから、メイン争奪戦が起こった。

「LOVEマシーン」以降のリレー式歌唱でも、サビの歌唱を中心とし歌唱パートが多いメインとその他に区別される。多人数グループでありながら、メンバー入れ替えが多い事から、中心となるメンバーが固定されず、メイン争奪となる。 人数の増加に伴い、歌唱の中心である「メイン」に加え、ジャケット写真やダンスフォーメーション位置の中心を「センター」と呼ぶ。センターとメインは必ずしも一致しない。メインやセンターに一度もなれずにモーニング娘。を卒業したメンバーも多い。

メインおよびセンターの遷移は以下のとおり。ただしメインやセンター公式発表されることもあるものの、多くの場合公式発表はされないため、誰が見ても明らかな場合もある一方で、誰がメインやセンターなのかはっきりせず意見が分かれる場合も多い。

1st-2nd 安倍メイン
3rd-4th 安倍・福田メイン
5th 安倍メイン
6th 安倍メイン(実質安倍のソロ)
7th-9th メインなし
10th 後藤メイン
11th 安倍・後藤メイン
12th メインなし、石川センター
13th 吉澤メイン(吉澤・安倍・後藤の3人のみ歌唱)
14th メインなし、矢口センター
15th 安倍・後藤メイン(高橋・紺野サブ)
16th メインなし
17th メインなし
18th 石川・矢口メイン
19th 田中メイン
20th メインなし(4グループに分けられ、各グループでユニゾン)
21st メインなし
22nd 石川・高橋・藤本メイン(吉澤サブ)
23rd メインなし
24th 紺野メイン(道重サブ)
25th 吉澤・高橋メイン
26th 高橋・石川・藤本メイン、高橋センター
27th 高橋・田中・藤本メイン、高橋センター
28th メインなし(3グループに分けられ、1番ソロは田中・亀井・道重・久住)、道重・久住センター
29th 高橋・田中・藤本メイン
30th 田中・高橋・藤本・亀井メイン、田中センター


パート割り
メイン争奪と共に、2番手以降でも歌唱パートの争奪戦が行われる。常時10人以上の大所帯のため、ソロ歌唱フレーズなし、1フレーズということもある。
『女子かしまし物語』では、ライナー(歌詞カード)に記述された。
『LOVEマシーン』までは全員分曲全体のレコーディングを行い、ミックスダウンでパート割りを決定していた。その後、レコーディングでのプロツールス導入に伴い、レコーディング時に担当パートのみを歌唱してアレンジすることが多くなる。

エース格メンバー
エース格とは、ユニットの中心格(シンボル)という意味合いである。エースに該当しないメンバーが素質的または才能的、そして人気が劣っているという意味合いではない。ただしエースについてはつんくら関係者やマスコミによってしばしば言及されることがあるものの、リーダーなどのように公式発表されることはないので、ある時点で誰がエースなのか、特定の時点でのエースは1人に限られるのか、そもそもエースと呼びうる存在がいるのかといった点で意見が分かれる場合が多い。

モーニング娘。の歴史の中で、一般的にエース格メンバーとされているのは安倍なつみ・後藤真希・石川梨華の3人である。かつてつんくは安倍なつみについて、モーニング娘。に在籍しソロデビューもしていなかった頃、当時安倍がユニット活動に参加せずソロデビューもしない理由として、安倍が「モーニング娘。の顔であり、マザーシップだから」としばしば語っていたが、ここでいう「顔」や「マザーシップ」は「エース」とほぼ同じ意味だと思われる。

石川は、在籍時代にはセンターを務めることが余りなかったため、必ずしもエース格とされていたわけではないが、卒業発表から卒業までの過程において、エース格であると認識するファンやマスコミが多くなった。広義には高橋愛・藤本美貴・田中れいな・久住小春らを指すこともある。石川がエース格を務めたのはグループ人気にやや陰りが見えた時期であるため、人気の高かった時期にエースを務めた安倍・後藤と同列視すべきではないとする意見もあるが、つんくも雑誌の記事で石川はエースとして頑張ってきたと発言しており、石川がエースとして果たしてきた役目は決して小さな物ではないという意見もある。

2003年1月、当時ソロ歌手として活動していた藤本のモーニング娘。入りが発表されたとき、プロデューサーのつんくが「紅白歌合戦でモーニング娘。のメンバーをバックに歌っている藤本を見てモーニング娘。に入れてみたいと思った」などと語ったため、マスコミで「藤本美貴、即戦力のエースとしてモーニング娘。に加入」などと報道された。

2004年9月の7期メンバーの募集時に、オーディションの目的が「エースを探す」であるとされたため、その時点のモーニング娘。にはエースがいない(またはいなくなる)ことになるのか議論になった。翌2005年5月にモーニング娘。に加入した久住小春について、つんくは「エースを超えるミラクル」であると評した。「絶対的エース」が不在になったと言われたのはその頃からである。別の見方では、つんくの「今の娘。はみんな4番打者だ」発言により、良い意味での平均化がなされたとも言える。

マスコミでは、ハロプロ系に詳しいサンケイスポーツが「エース」の呼称を頻繁に使用し、以下のメンバーに用いられた。

エース:安倍なつみ(ソロデビュー時)、後藤真希(同)、石川梨華(卒業時)、藤本美貴(セクシーオトナジャン結成時)
新エース:高橋愛(2002年7月ハロプロ改変時)
6期生のエース:田中れいな(あぁ!結成時)
エース候補:久住小春(石川卒業時)

ラブマの法則
石黒彩から安倍なつみの卒業まで、「LOVEマシーン」のシングルジャケット写真8人の立ち位置右上から6人が以下のように並び通りの順番となった(石黒彩→市井紗耶香→中澤裕子→後藤真希→保田圭→安倍なつみ)。

(飯田)(保田)(中澤)(石黒)
(矢口)(安倍)(後藤)(市井)

通算4人目の卒業者となる中澤卒業時にネット上で話題となっているが、それ以前にも3人目の市井卒業時にネット上で議論されたことが確認されている。安倍卒業時にマスコミでも話題となったが、「LOVEマシーン」リリース時に在籍していない辻希美と加護亜依の卒業により、法則は破られたと考えられた。だが、最初に卒業した福田明日香も「LOVEマシーン」リリース時に在籍していなかったという批判がある上、その後飯田圭織が卒業した後、ジャケット写真8人の立ち位置左下の矢口真里が最後に脱退した経過を考えると、法則は破られていないという考え方もできる。この当時に在籍していた8人で考えるのが順当と言えるかもしれない。

2005年4月14日に最後の1人である矢口が脱退し、「ラブマの法則」はここに完結した。

翌5月11日放送のフジテレビ系の番組「トリビアの泉 ~素晴らしきムダ知識~」においてこの法則が紹介された。しかし、それ以前にもTBS系のアッコにおまかせ!やフジテレビ系の情報プレゼンター とくダネ!で報道していた。矢口が脱退した時もブロードキャスター(TBS系)内の「お父さんのためのワイドショー講座」で放送される前に教えた。

石黒、市井の順番で結婚、妊娠をしているので、新『ラブマの法則』として次は中澤の結婚、妊娠かという憶測も生まれている。

楽曲オリジナルメンバー
2006年8月現在、モーニング娘。の最古参メンバーは4期メンバーの吉澤ひとみであるため、シングル曲で9枚目の「ハッピーサマーウェディング」より前の曲は、オリジナルとして歌ったメンバーが1人も現存しない。

過去の曲は、コンサートにて卒業メンバーのパートを引き継いだ形で歌う。2005年夏のハロー!プロジェクトのコンサートでは『卒業メンバー』である中澤・飯田・安倍・保田・後藤・石川・辻・加護が「LOVEマシーン」を披露する一方、その後のモーニング娘。コンサートでは、現役メンバーが同曲を歌っている。

グループ内ユニット、レンタル
モーニング娘。は、グループ内ユニットとしての「タンポポ」「プッチモニ」「ミニモニ。」などの活動も活発であった。

そもそも、このグループ内ユニットとは、結成からずっとメイン歌唱の安倍なつみに対しコーラス担当となっていた飯田圭織と石黒彩の歌唱力を活かすため、娘。内ユニットであるタンポポが発案され結成されたことが始まりである。追加メンバー3名からは声の相性を重視して矢口真里が選抜された。ASAYANとしての企画としても注目が集まり、「メンバーの個性を高めてモーニング娘。に還元する」循環の成功事例となった。

この成功に続き、プッチモニが結成され、モーニング娘。に続くミリオンセラーとなる。続くミニモニ。は、ハロー!プロジェクトからココナッツ娘。のミカを迎えて70万枚を超える大ヒットを記録し、成功する。この方向性をさらに進め、モーニング娘。のメンバーを既存のハロプロユニット、カントリー娘。に加えるレンタルを開始した。

2002年のユニット改編(タンポポ、プッチモニ、ミニモニ。のメンバー総入れ替え。各項目参照。)は、それぞれのファンからの反発を買う事になった。結果、改編後タンポポはシングル1曲のみ、プッチモニはアルバム収録曲のリリースはあったものの、シングルリリースなしで、両ユニットとも活動休止状態となる。ミニモニ。も、改編後の路線変更を前後して売り上げは半減、2004年5月にミカの卒業を以て活動停止した。

主な記録
女性グループシングルCDオリコン1位回数:9作
女性グループシングルCDオリコン1位連続年:6年(1998年~2003年)
通算CDセールス1,000万枚突破(19thシングル「シャボン玉」にて突破、女性グループ史上3組目)
女性グループシングルCDオリコントップ10回数:30作すべて
ミュージックDVDオリコン1位回数:11作
『1店舗における同一CDの1日の売り上げ枚数』の世界記録:15,612枚(1997年11月3日大阪・HMV心斎橋での「愛の種」手売りイベントにおいて)
カラオケ週間1位連続記録:17週(LOVEマシーン)※記録阻止はプッチモニ(ちょこっとLOVE)
NHK紅白歌合戦関係
女性グループとして最多出場:8回(1998年~2005年)
女性グループとして最大人数:19名(2005年の第56回にて)
紅組最年少出場:12歳10ヶ月(加護亜依、2000年の第51回にて)
最多初出場(3回、女性では唯一):後藤真希(モーニング娘。、後藤真希、DEF.DIVA)(1999年の第50回、2003年の第54回、2005年の第56回)
平成生まれの出場歌手第1号:田中れいな、道重さゆみ(2003年の第54回にて)
※2005年の第56回にて久住小春が加わるが、2006年現在この3名以外に平成生まれの出場歌手は出ていない。

獲得音楽賞
ゴールドディスク大賞7年連続(1998年~2004年)
ベストヒットアーティスト8年連続(1998年~2005年)
第40回日本レコード大賞最優秀新人賞
第31回全日本有線放送大賞「新人賞」
第13回日本ゴールドディスク大賞「ニューアーティスト・オブ・ザ・イヤー」
第36回ゴールデンアロー賞「音楽新人賞」
第32・33回日本有線大賞「有線音楽優秀賞」
第41回日本レコード大賞「優秀作品賞」
第37回ゴールデンアロー賞「音楽賞」
第14回日本ゴールドディスク大賞「ソング・オブ・ザ・イヤー」(ちょこっとLOVE・LOVEマシーン・恋のダンスサイト)
第42回日本レコード大賞「優秀作品賞」(恋のダンスサイト)および「特別賞」
第24回日本アカデミー賞「新人俳優賞」および「話題賞」(ピンチランナー)
第15回日本ゴールドディスク大賞「ソング・オブ・ザ・イヤー」(ハッピーサマーウェディング)
第44回日本レコード大賞「優秀特別賞」(Hello!projectとして受賞)

オーディション
なお、以下のオーディション以外に、

2002年4月~6月に行われたハロー!プロジェクト・キッズオーディションにおいて、「将来のモーニング娘。入りもあり得る。」とされていたが、今のところ該当者はいない。
2004年4月~8月に行われたハロプロエッグ オーディション2004においてもモーニング娘。入りの可能性もあるとされていたが、実現しなかった。

モーニング娘。追加オーディション
応募資格 明記なし
当初は「合格者は5名の予定」とされていた。また、「これが最後のメンバー追加である。」という説明もあった。
応募総数 約5,000名
1998年に「ASAYAN」で応募して放送(選考過程の放送はほとんどなし)
課題曲・合宿なし
合格者 保田圭、矢口真里、市井紗耶香
落選者の中に三好絵梨香(美勇伝)、椛田早紀(CLOVER)、渡辺奏子(星野奏子:BeatmaniaIIDX)

モーニング娘。第2回追加オーディション
応募資格 中1以上の女性
当初は「合格者は2名の予定」とされていた。
応募総数 約1万1,000名
1999年に「ASAYAN」で応募して放送
都内某所にある寺で合宿
合宿課題曲 モーニング娘。2ndシングル「サマーナイトタウン」
2次審査通過21名の中に倖田來未(神田来未子)、大山恵理乃(元・大阪パフォーマンスドールで、後のキーヤキッス)
合格者 後藤真希
落選者の中に南海キャンディーズのしずちゃん(山崎静代)

モーニング娘。第3回追加オーディション
応募資格 不明(ASAYANでは「音楽、歌好きな女性限定」と表記)
当初は「合格者は3名の予定」とされていた。
応募総数 2万5,000名
2000年に「ASAYAN」で募集して放送
都内某所にある寺で合宿
合宿課題曲 あか組4「赤い日記帳」
1次審査通過35名の中に藤本美貴と里田まい(里田舞)
その他の落選者に片岡あづさ、若槻千夏(後にwi☆thとしてデビュー)
合格者 石川梨華、吉澤ひとみ、辻希美、加護亜依

ミュージカル一般公募共演者オーディション
2001年5月3日から27日まで東京・日生劇場にて上演されたモーニング娘。初の主演ミュージカル『LOVEセンチュリー-夢はみなけりゃ始まらない-』の一般公募共演者のオーディション。
募集の際にプロデューサーのつんくがモー娘の新メンバーに加える可能性も示唆したため、高い注目が集まった。また合格発表時も「次期メンバーの有力候補が勢揃い」などと報道された。
対象年齢 2001年3月中学卒業見込みから20歳までの女性
応募総数 約2,000人
2001年に「ハロー!モーニング。」で募集して放送
合格者 菊地美香(17歳 埼玉県出身)、東條江身(18歳 山梨県出身)、池田沙耶香(15歳 広島県出身)、菊田夏美(15歳 東京都出身)、須堯麻衣(すぎょうまい 15歳 福岡県出身)、陸守絵麻(りくもりえま 14歳 福岡県出身)、吉鶴舞(13歳 神奈川県出身)※年齢は合格当時
吉鶴舞は応募条件(年齢)を満たしていなかったが、ボーカルが評価され「特別合格」とされた。アップフロントミュージックスクール出身である。
須堯麻衣はアップフロント系事務所のサイバーガーデンエジェンシー所属で、後に3年B組金八先生(下田江里子役)などに出演している。
菊田夏美はミュージカルには参加しなかった。
最終的にこのオーディションの合格者からのモーニング娘。入りはなかった。

モーニング娘。LOVEオーディション21
応募資格 中1以上の女性
当初は「合格者は1名の予定」とされていた。
応募総数 2万5,827名
2001年「MUSIX!」で募集し、テレビ東京系の特番(8月26日21:00~22:48、司会:みのもんた)で放送
カントリー娘。の里田まいや美勇伝の三好絵梨香もこのオーディションを受けていた。
のちに6期メンバーとなる田中れいなが当時小学生で応募資格がなかったにも関わらず応募しており、その模様がMUSIX!の公式サイトに写真入りで掲載されていた。この事が6期オーディション実施時にネット上で話題になり、その直後公式サイトから画像が削除された。
某所で合宿(寺合宿)
合宿課題曲 松浦亜弥3rdシングル「LOVE涙色」
落選者 片岡あづさ
最終選考通過9名(中学生8名・高校生1名)の中に嘉陽愛子・西田奈津美
合格者 高橋愛、紺野あさ美、小川麻琴、新垣里沙

モーニング娘。「LOVEオーディション2002」
応募資格 中1から高3の女性
当初は「合格者は1名から2名の予定で、場合によっては合格者なしかも」とされていた。
応募課題曲「Do it! Now」
応募総数 1万2,417名
2002年「MUSIX!」で募集し 翌2003年1月19日の「日曜ビッグバラエティ」(司会:徳光和夫)で放送
オーディションの告知は、テレビ東京よりも、フジテレビ系の番組「情報プレゼンター とくダネ!」(2002年10月14日放送)で先に告知されて、同番組でもオーディションの模様を取り扱った。
落選者に片岡あづさ、江里夏、浦えりか。
選考経過は「MUSIX!」で放送された。オーディションの途中で応募者全員の映像を公開して国民投票を行うことが発表された(募集時にはその旨の発表はなかった。そのため出演を拒否した応募者がいた。)。
当初は応募者全員の中から誰でも投票できるようになっていたが、途中から上位10人に対してのみ投票できるようになった。
最終選考の発表前に藤本美貴がオーディション組とは別に6期メンバーとしてモーニング娘。になることが発表された。
国民投票6位の道重さゆみ、9位の田中麗奈、国民投票に参加していない亀井絵里が最終選考(合宿)に進出した。その際に国民投票の結果がどの程度考慮されたのかは不明である。
国民投票の結果は次の通りであった。
順位 番号 票 備考
1位 2436番 18,420票 嶋田歩
2位 0194番 17,840票
3位 0331番 17,106票 斎藤美海(現・カントリー娘。のみうな)
4位 0461番 16,425票
5位 0473番 9,914票 西田奈津美
6位 2825番 6,486票 道重さゆみ
7位 0044番 6,478票
8位 1005番 6,462票
9位 1803番 6,040票 田中麗奈(現・田中れいな)
10位 5267番 4,992票 富田淳子

山梨県某所で合宿
合宿課題曲 メロン記念日8thシングル「赤いフリージア」
最終選考に残った中学生3人が全員合格
合格者 亀井絵里、道重さゆみ、田中れいな

モーニング娘。ラッキー7オーディション
参加資格 中3(2005年3月に中学校卒業見込み)から20歳未満(同4月1日時点)で、且つオーディション参加時点で芸能事務所などの芸能活動を行う団体に所属および契約などをしていない女性。
書類選考なし(アカペラ歌唱)
全く事前の書類審査をしなかったため、上記の応募資格にも関わらず当時芸能事務所に所属していた者が予選通過者として放送されるというハプニングも発生した。後日同人は「辞退した」と放送された。
参加総数 不明
2004年9月「ハロー!モーニング。」で募集し、番組内で放送。
山梨県某所で合宿
合宿課題曲 春の歌(アルバム「愛の第6感」より)
結果 該当者なし(最終選考には6人、江里夏も参加していたが直ぐに落選。)
「エースを捜す」ことが目的とされていた。
「ラッキー7オーディション」の名前はこれによって娘。入りすることになるメンバーが「第7期」になるということと、全国7ヶ所(大阪、福岡、仙台、岡山、札幌、名古屋、東京)でオーディションの予選を実施するということ、モーニング娘。が結成7年目になることの3つから名付けられた。
予選時には応援リポーターとしてTXN系放送局のアナウンサー(仙台のみ系列局がないので東北地方出身のTXアナウンサー)が応援&リポートを行っていた。

モーニング娘。オーディション2005
背景 前回のオーディション「モーニング娘。ラッキー7オーディション」で合格者なしだったために再度やり直しオーディションが開催される。
参加資格 2005年4月1日時点で中1以上22歳以下で、且つオーディション応募時点で芸能プロダクションなどの芸能活動を行う団体に所属および契約などをしていない女性。
前回に続いて「エースを捜す」ことが目的とされていた。
参加総数 2万1,611名
携帯電話からの応募も(カメラ機能で撮影した写真を添付することで)可能だった。
前回最終候補者の6人中5人は、3次審査までは残ったが、全員そこで落選している。またこのオーディションで最終選考まで残った須磨愛は後に関西レッスン生としてハロプロ入りした。
落選者 江里夏
2005年2月6日より同年3月10日到着分まで「ハロー!モーニング。」で募集し、5月1日の同番組内で発表。
合宿は行われず、最終選考候補者の自宅へ訪問しオーディション。
合格者 久住小春→彼女の学校で合格が通知され娘。達が祝福した。

その他
全体的に背の高いメンバーが少なく、歴代メンバー22人のうちで身長160cm以上あるのは石黒・飯田・吉澤・道重・久住の5人のみ(後藤真希も160cm前後とみられるが、公式発表されていない)。身長差の最大は飯田と矢口の23cm差、現役メンバーでは吉澤と田中の12cm差。
中学生メンバーは茶髪・ピアスは禁止。中学生時代にピアスを付けていたのは後藤と田中で2人共オーディション時。石黒は耳の他に鼻にもピアスをしていた。
2003年6月3日、横浜市と日本演劇興行協会が構造改革特区の一つとして午後10時まで延長する「子役特区」を提案した。鴻池祥肇特区担当大臣が「モーニング娘。特区」と名付け、実施を目指していたが、坂口力厚生労働大臣は「義務教育を受けるためにも限界がある」と慎重な姿勢を示していた。内閣府で行われた9月3日の会談で、坂口厚労相が「9時までは認める」と述べたのに対し、鴻池担当相が「それでいいです」と応じたという。これにより、翌2004年11月16日の労働政策審議会に対する答申にて、2005年1月1日より全国的に演劇などへの13歳未満の子役の出演が、従来の午後8時までから午後9時までに延長される事になった。
2004年1月23日、テレビ東京の菅谷定彦社長は年頭の記者懇親会で、「藤本美貴と石川梨華のツートップにするのがいいんじゃないか。そうすれば(今後も)大丈夫だ」と発言し、同局がこれからも、モーニング娘。などのつんくファミリーをリードしたい意思を示した。しかし、モーニング娘。出演の同局系レギュラー番組は音楽制作者連盟(アップフロントグループも加盟)と著作権・肖像権問題で対立しているため、BSジャパンで放送されていない(過去に同局で放送されたのは同局との共同制作だった「MUSIX!」と単発番組の一部などごくわずか)ことや、系列局の少なさもあり、テレビ東京とアップフロントグループは必ずしも蜜月関係とはいえない。
モーニング娘。の熱狂的なファンのことをモーヲタと呼ぶ。また、そのモーヲタは彼女らのことをモー娘。(モームス)ではなく、娘。(むすめ)と呼ぶのが浸透している。
モーニング娘。は海外にも熱狂的ファンが多数存在し、特にアジア(主に台湾、香港、韓国)では他の日本人アイドルと共に人気が高い(中国語圏での表記は早安少女組)。ただしエイベックスやジャニーズ事務所などと比較すると当該地域へのプロモーション活動はあまり積極的とはいえない。とはいえ、その他英語・フランス語・ドイツ語でのファンサイトも存在し、日本を「クール」と見る諸外国の人々からは一定の認知を受け世界的なアイドルと言える。
モーニング娘。、Morning Musume。およびモー娘。は株式会社アップフロントグループの登録商標(登録4555529 、登録4566621、登録4555530)で、登録呼称は「モーニングムスメ」および「モームスメ」(「モームス」でない事に注意)である。存続満了日は2012年(平成24年)。
2003年9月にモーニング娘。およびハロー!プロジェクトメンバーによるフットサルチームGatas Brilhantes H.P.が結成され、現在では他の芸能プロダクションを巻き込んで芸能界全体がフットサルで盛り上がっている。
自衛官募集のポスターには、有名人が起用されても自衛官の制服を着て写っているのが通例だが、モーニング娘。はそのポスターで初めて自衛官の制服を着ない形でポスターに採用されたことがある。

モーニング娘。/浪漫 ~MY DEAR BOY~(通常版)(CD)モーニング娘。/Ambitious!野心的でいいじゃん(通常版)(CD)モーニング娘。/ふるさと(CD) モーニング娘。おとめ組/愛の園~Touch My Heart~
●モーニング娘。“ライブレボリューション21春~大阪城ホール最終日”<初回限定盤>DVD(2001...《送料無料》モーニング娘。/レインボー7(限定)(CD)●モーニング娘。“モーニングコーヒー”CD<通常盤>(2005/03/02)●モーニング娘。“シングルV「涙が止まらない放課後」”<初回限定盤>DVD(2004/11/3)
モーニング娘。/他/ハロー!プロジェクトラジオドラマ大阪編 Vol.2(初回生産●モーニング娘。“THE マンパワー!!!”<通常盤/初回特典封入>SCD(2005/1/19)モーニング娘。/SEXY BOY~そよ風に寄り添って~(初回生産限定盤)モーニング娘。/女子かしまし物語(CD)
●モーニング娘。“直感2~逃した魚は大きいぞ!~”<通常盤/初回特典封入>(2005/11/9) モーニング娘。/愛あらば IT’S ALL RIGHT【送料無料】モーニング娘。/ベスト!モーニング娘。2〔送料無料キャンペーン中〕オムニバス プッチベスト6-CD-
モーニング娘。/ここにいるぜぇ!(CD)モーニング娘。/シャボン玉(CD)モーニング娘。/Do it!Nowモーニング娘。/ベスト!モーニング娘。1
● モーニング娘。”モーニング娘。のひょっこりひょうたん島”CD<通常盤>(2003/2/19)モーニング娘。おとめ組/友情~心のブスにはならねぇ!【CD】モーニング娘。 / 愛の第6感【通常盤】 <2004/12/8>●モーニング娘。“抱いてHOLD ON ME!”CD<通常盤>(2005/03/02)
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